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【優勝に懸ける想い2026 Vol.18】〜藤本有良(4年/環境情報学部/MF)〜

【優勝に懸ける想い2026 Vol.18】〜藤本有良(4年/環境情報学部/MF)〜

みゆから回ってきました。MDの藤本有良(ゆら)です。

みゆとは大体同じチームでこの4年間過ごしました。2年生のReserveチームの時、先輩に怒られ、今では大好きな地方組との練習試合でもらえるお土産なんかよりもまず石灰を走り回って片付けたり、先輩から怒られすぎて辛くなり(全て自分達が悪かったです。あの時怒ってくださった先輩方に大感謝してます)、休部連絡をつくって心の支えにしたり、ラストイヤー2人で境遇があまりにも辛くて定期的に慰め合ったりしました。

今年1年でさらに距離も近づきました。いつも小競り合いしてる振りしてますが、部内で味方がいなかったとしても「みゆはゆらの考え分かるよ」と常に隣にいてくれました。

最後の最後に私がVに上がってリーグにちょこっと出させてもらった時も、本当だったら悔しくて、複雑な気持ちだと思うのに立教戦前日深夜までボード作りをご近所界隈でやってくれて、「ゆらのことだけは本当に心から応援できる」と言ってくれて、みゆは本当に大人だなぁと思いました。

性格や頑張り方は全然違うけど、なんとなく考え方が似ていて、お互いの価値観を大事にし合える素敵な関係です。この1年間の境遇のおかげでみゆとここまで仲良くなれたのかなとも思います。

みゆの「やほしにいく」結構好きです。
今後も定期的に「やほしにきてね」

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「優勝に懸ける想い」

今年の一年はそんなことも考えられないくらい波瀾万丈な1年でした。まだまだこの1年を語るには自分の考えが整理出来ていませんが、今後の誰かの頑張る理由になるような私なりのこの1年の乗り越え方とモチベーションの保ち方、そして周りの人への感謝を書けたらなと思います。

拙い文章でとても長くなってしまったので、好きな時に好きなところだけ読んでいただけたら嬉しいです。

この1年は本当に波瀾万丈でした。
26シーズンが始まって、本当にラクロスだけ頑張ろう。10年間のラクロスシーズンの集大成と思っていました。

有難いことに昨年はVarsityチームのtm(トライメンバーという平日Varsityチーム、土日はVRのどちらかのチームに配属)においていただき、早慶戦やリーグ戦のベンチメンバーに入れていただいていました。
マンアップやクリアの部分的な所で起用だったので、今年はもっとチームに貢献したいと思って意気込んでいました。

しかし、3月2日のチーム分けで約1年ぶりにReserveチームに自分の名前が書かれていました。
トップチームから日本一を目指すことができる環境から一気に引きずり落とされた感覚で今まで何もかも犠牲にしてきたことやありえない辛さを誇る20050のトレは私にはもうできないと思いました。
それでも、チーム分けが出た時にちほが「ゆらと一緒にラクロスして日本一取りたいのでどうか一緒にがんばろう」と連絡をくれました。ちほはなんとなく送ってくれた文章だったかもしれないけど私はこの文章のおかげで今部活を続けられています。ちほが主将になってくれて良かったなと心から思いました。こんな気まずい状況の人にすぐ連絡をくれることが嬉しかったです。そしてなにより、Vで1人でも自分のことを待ってくれる人がいること、一緒に頑張ろうって言ってくれる同期がいること、それが私の心の支えでした。

正直、チーム分け後にリザにどんな顔をして行ったらいいのか分からなかったのですが、部活に行ってみれば、リザのみんなが温かく迎え入れてくれました。何も変わりないように接してくれました。リザの同期や後輩に感謝ばかりでした。
リザのラクロスは何故か楽しかったです。
今まで日本一を夢見てラクロスして、チームで勝つためにやりたいプレーをそれぞれ少しずつ我慢して、与えられた役割をこなす、そこから少し解放されて自分がやりたいラクロスを出来たからだと思います。
10年間大っ嫌いだった1on1で初めて点を取れたりもしました。

4月のチーム分けでもう一度Varsityチームに上げてもらいました。
3月のリザ期間で自分が身につけたことを発揮しようと思い、積極的に1on1もかけたし、得意なことやアドバイスいただいたことを意識していました。
しかし、4月最後のチーム分けで2度目のリザ落ちを経験しました。早慶戦に出られないことが伝えられたようなチーム分けで、本当にラクロスを辞めようと思いました。
自分の調子が上がっていてもチームを落とされる現実、求められていることをやっているつもりでも評価をされない。苦しすぎました。
また、早慶戦前にはリザからVへ派遣をしなくてはならず、いつもならあの人のプレー完全再現しようとスカウティング動画を未漁るのですが、今回だけは出来ませんでした。チームのために頑張ることが出来ないそんな自分も嫌で色んな人に「ラクロス辞めますor休部します。」と言いました。

本当に辞める気でした。私のメンタルサポーターのestpお姉さん2人にリザ幹を説得させる文章も打ってもらったりもしました。(今だから言います。リザ幹の皆様、御免なさい。)

この1年間、ただただ辛かったアピールになってしまいましたが、この辛い期間自分を保つことが出来た1番の理由は”25Freshmen”の存在だったと思います。
早慶戦前に諸事情休部か退部を本気で考えた時、貴一さんにラインをしました。貴一さんから「4年生の引退の時、育成が4人揃っていないのが可哀想だと思わないか、最後まで、育成としてかっこいい姿見せな。」と言葉をいただきました。
この言葉を聞いた時、25Freshmenみんなの顔が思い浮かびました。今の自分恥ずかしいなと思って、25Freshmenのみんなにかっこいい姿を最後まで見せなきゃという気持ちで踏ん張ることが出来ました。
育成をしていた3年生の夏休みはV練習とVがオフの日には準リーグVリーグがあってほぼオフもなく、1日に自分の練習とフレの練習に行ったりして大変だなぁと感じる間も無いです。育成が終わった後に育成4人でもう1回は絶対無理だねって言い合う程でした。

それでもこの1年辛くて、ラクロスから目を背けたかった時にちゃんとしないとなと背中を押してくれたのは25Freshmenのみんなの存在でした。
こう見えて育成やりたいって言うの緊張したタイプだったけどあの時、勇気を出して「やりたい」って立候補して、良かったなって心から思いました。大学ラクロス部での自分の選択で褒めてあげたい選択ランキング第1位です。
リザには自分が育成をした2年生達が沢山いて、自分のラクロスではもう目標としていた場所には立てないかもしれないけど、最後まで育成としての姿だけは守り切ろう。最後まで、育成をやり切ろうと思いました。

それでも、やっぱり、「リーグ」とか「日本一」とかからは目を背けていました。この部活に入った以上、目標にするべきものなのに、目標にすればするほどなんであそこに立てないんだろうと辛くなるからです。そんな中での、リザでの自分の心の保ち方は「なんでこの人リザいるんだろうって思ってもらえるようなプレーをすること」でした。これはかなり自分のメンタルを保つ上で良かったです。もし、未来の誰かが私と同じように苦しんでいたらこの考え方を実践してもらいたいです。
「なんでこの人リザにいるんだろう」って思ってもらえるためにはラクロススキルも向き合い方もVレベルじゃないといけません。だから自然にラクロスも上手にならなきゃと少し前向きにラクロスに向き合うこともできます。

そして、9月からチーム状況が少しだけ変わって、Vに参加をさせてもらって、立教戦、青学戦のベンチに入れてもらいました。
チャンスは前触れもなくやってくるので、準備は大切と本当に4年間で感じ続けましたが、1番に感じた瞬間でした。この期間は毎日みんなに着いていこうと必死で、久しぶりにラクロスも楽しくて、準外Vのみんなと最後に一緒にプレーすることができて毎日ワクワクが止まらない、そんな期間でした。
私が青学戦で点を取れたけど、本当にラッキーだったとしか思いません。
「この1年本当に辛かったけど、青学戦で点を取れて全てが報われた」
「中学校1年生からのラクロス生活10年間楽しかった!」
とは言い切れません。本当に苦しいことばかりでした。

この部活は努力をすれば必ず報われる程甘いものではありません。大抵の努力は報われないし、単純に上手い人が上に行ける世界でもないし、悔しいという感情を持たずに部活をしている人の方はいないと思います。デベでもがきながらも自分のプレーを探している人、Vリーグで少しでも上の層に食い込もうと頑張っている人、悔しいけどリーグの想定練の相手をする人、Vでリーグのベンチを必死に掴み取ろうとしている人、自分の存在意義を探し続けている人、みんながそれぞれの場所で必死に努力をしています。

努力は自分の望んだ形にならないこともあるけど、人だけは裏切らないなと思います。私は人に恵まれていたからどんなに辛い状況でもなんとか4年間大学ラクロスを続けられたのかなと思います。そんな思いを持たせてくれた全ての方に感謝したいです。

諸事情で休部をしたいとわがままを言った時、反対しながらも許してくれたリザ幹のみんなや、「私には理解できない辛いことがあるだろうけど戻ってきてください、待ってます。」と泣きながら言ってくれた10年来の大事な後輩ちゃんみのりん、22歳のクソガキ相手に0時過ぎにありえない長文メッセージでやる気を下さった貴一さん、本当に辛かった早慶戦で腕に35をでっかく書いて選手紹介で見せつけてくれたさえ、さえはどんな時にも近くにいてくれて、支え、喝を入れ続けてくれた人です。そして、何よりも辛い時期を一緒に乗り越えた地元カラオケお友達みゆ、みゆがいなければ早慶戦は家から見ていたと思います。早慶戦の前日「負けないこと」「それが大事」を歌い、自分たちを励まし合いました。そしてそして、もう1人の大事な地元お友達すみれちゃん、すみれちゃんの帰国タイミングが1番辛い時で、そんな時期にフランスから帰ってきてくれて私の頑張る理由が増えて良かったです。これからもカラオケ行ったり満点したり、ゴルフしたり、心からよろしくね。
みんなで悔しい思いをして、誰かが辛い時にはそっとそばで支えてくれて、それでも全力でVを応援することが出来るリザの同期には頭が上がりません。

ラストイヤーで2回もチームが落ちたからこそ、同期みんなとプレーすることもできて、沢山の後輩ともプレーをすることができました。どんな場所にいても誰かのために頑張ればどんなに辛くてもモチベーションを保つことができます。

そして、先日、最後のチーム分けが終わりました。なぜかすごく寂しかったです。
チーム分けをあまり気にしていないタイプではありましたが、チームを落とされたあの瞬間は今も鮮明に思い出せて、あんなに大嫌いでどうせ落ちるとわかっているチーム分けを待ち続けた日があったのに、それでもなぜかラクロスライフが本当に終わるんだと一気に実感しました。チーム分けから準外、Dのみんなの名前が無くなり、みんなと過ごした毎日を思い出すと練習後に当たり前にはま寿司行ったり、20050が今日は長いか短いか論争したり、そんな日常が当たり前じゃないことを思い出します。

ラストイヤーが波瀾万丈すぎてしまい、話が行ったり来たりな文章になってしまいましたが、
「この人たちと優勝したいから頑張れる。」
が私の優勝に懸ける想いだったんだろうなと思います。
どんなに苦しくても、みんながいるから頑張れて、みんなのために頑張れる。
ラクロス人生史上1番辛い時期に支えてくれて、受け入れてくれたみんなと私は優勝でラクロス人生を終えたいなと思います。残り1ヶ月弱、悔いなく準リーグ優勝まで楽しみます。

もう沢山書いていますが、様々な方にこの場を借りて感謝を伝えさせてください。

2個上の育成代の方々(きっと自分じゃね?って思ってる人みんな正解です。色んな人の顔を思い浮かべて書いています)
色んな試合見に来てくださって励ましてくれて、遊びに行ったり、ご飯誘ってくださったり、最近どう?って気にかけてくれる2個上のお姉さんたちの後輩でいられる時間が大好きでした。
2年生の時一瞬怖かったりもしたけど、今ではみんなの顔を見たら泣けます。辛い時に顔を思い出すだけで頑張れました。大好きです。

みり先輩
まず、慶應に連れてきてくれてありがとうございます。
バットに入ってる時に他の大学行けばよかったかなとかスタッフ転向とか休部とか言ってる時、ただ共感するだけではなく厳しい言葉とかくださって、この人が言うならやるしかないかと思わせてくれてありがとうございました。
世間的には日本代表のすんごい人みたいな感じなけど私にとっては友達です。これからも定期的に傷の舐め合い(?)幸せな話など?できたら嬉しいです。

みのりん
あまり後輩とお話しするのが得意ではなく、変な距離感でいつも話してしまっても絶滅危惧種の「ゆら先輩」呼びでいつまでもいてくれてありがとう。「AQUA会開催しようねっ!!」ってご飯に誘ったつもりで言ったら予定表もらいます!とラクロス練習の誘いだと思っちゃう真面目なみのりん大好きです。
みり先輩から受け継いだAQUA アタックの育成バトン引き継いでくれたのなんか勝手にエモがってます。そして嬉しかったです。あと1年たくさん応援行きます。悔いなく楽しくみのりんのラクロス生活が終えられますように!♡

そして、10年目のあだち家
中学校1年生から成長を見守り続けてくださって、みーたんが出ない遠くの試合にも駆けつけて応援に来てくださって、10年間本当にいつもありがとうございました。2人が応援してくれるからまだまだ頑張らなきゃって思ってました。
青学戦のラスト1点で2人が涙してたって話を聞いてやっと2人にいいとこ見せられたなと思いました。
また、お家行かせてください🏠

みーたんへ
中学から大学生まで大事な試合は全てあだちを1人きりにしてしまいました。もっともっと一緒に試合に出たかったけど私の実力不足です。
あだちとは一緒にいなくてもいつでも心が繋がっているというか、時間をたくさん過ごさなくてもお互いを思い合える素敵な関係です。あだちが結果を出してくれたら自分のこと以上に嬉しくて、こんな関係の友達って今後現れないと思います。何度リザに落ちてもやっぱりあだちとプレーしたいというモチベーションだけで何とか踏ん張れました。最初で最後のリーグの得点があだちフィードなのドラマティックだね。ずっと待っていてくれて、信じ続けてくれてありがとう。
みんな知っているかと思いますが、あだちはいいやつです。10年一緒にいてもこんなにいい人いません。ちゃんと自分の考えを持っていて人に流されない。困っている人に手を差し伸べてくれるそんな人です。努力を人に見せないタイプです。(テスト勉強してないって言ってまんまとしてて、テスト90点台ばかり取る、そんなやつです。)幸せになってくれって本当に自分以上に思います。笑
あだちと中学校高校1度も同じクラスになっていないのにこんなにも仲良くなれて、こんなに長く同じチームにいれてそして出会えて幸せでした。これからも一生よろしくね。

最後、お父さんお母さん
沢山お金を払わせ、徒歩10分の駅にも車で送迎をさせ、肉離れをした時には一食で3種類のお肉を準備してくれる完全サポートをさせてしまい、世間の22歳とはかけ離れていても、いつも変わらぬサポートをしてくれてありがとう。
ラクロスが大好きな2人にもっと輝いている姿とか大きな試合で活躍している姿とか見せたかったけど力不足でした。どんな試合にも応援に来てくれてありがとう。最後に少しだけリーグに出ている姿を見せられて良かったです。
これから沢山親孝行する予定でいます。
そらも色々ありがとう。試合後ちょっと待ってと言って、着替えを待たせ、沢山の荷物が入ったボストンを持たせて私はナップザックで帰るという最低姉でも、意外と試合を見に来てくれたりDFの体重の掛け方のアドバイスなど?くれてありがとう。笑

ここまでブログを読んでいただいた皆様
お付き合いいただきありがとうございました。
ここには書ききれなかった方々にも本当にお世話になりました。沢山の方から応援をしていただき本当に幸せなラクロス人生でした。

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次はりさです。
りさとは1〜2年生の時ずっと一緒にいました。バイトも一緒にして、家族以上の時間を間違いなく過ごしました。あの頃は免許を持っておらず、りさに僻地まで運んでもらってました。(ゴール運搬とゆら運搬があって大変って死ぬほど言われました^_^あの頃はありがとう)
あの頃は私もATだったので一緒に沢山プレーしてビデオ見してとってもラクロスが楽しかったです。下級生だったので2人でテーピングとボールとやっき補充持って沢山補充頑張りました。4年生になってからは、一緒に就活したり、助けてもらったり、gab帰りに豚山食べたり、朝会一緒に作ったり日常に紛れた沢山の思い出があります。今後も沢山思い出は増えていくんだろうなと思います。

りさは2回も前十字を乗り越えた本当に強い人です。だからこそ、周りへの優しさとか自分の感情だけに動かされず、チームを大切にできる人です。
りさが2回目怪我をした日、りさは、「もう切れていると思うのでめちゃくちゃ強くなるしかない」と言っていました。本当にどんな逆境にも負けない強い人です。
ラストイヤーにりさと同じチームで一緒にラクロスができて、幸せでした。辛い時はいつも隣にりさがいて支えてくれました。いい意味でラクロスを忘れてバカさせてくれるそんな素敵な存在です。

まだまだご近所界隈というには遠すぎるけど(笑)りちゃさん!これからも沢山遊んでね。

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