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【優勝に懸ける想い2026 Vol.19】〜田中凜彩(4年/経済学部/AT)〜

【優勝に懸ける想い2026 Vol.19】〜田中凜彩(4年/経済学部/AT)〜

ゆらの次のAT田中凜彩です。

私のラクロス人生ゆらなしでは語れません。思い出も数えきれないほどあります。
車で編み活したけど3日も経たずにやめたり、節分の日にお面つけてゴール積んだり、15分ジムしたり、初gabの後罪悪感と共に豚山食べたり、かれんと眉毛繋げてゆらを慰めたり、毎週末ドライブして時にはサシイレに自己啓発本?をもらったり…。挙げ出すとブログ終わっちゃうのでやめておきます。
ゆらは、その場にいるだけで全員を笑わせられるすごい人です。先輩や後輩、どんなメンツでいても、ゆらがいると必ず盛り上がります。自分でチーム愛が1番強いと言っていて、それもそうですが、ゆら自身が誰もに愛されているなと思うし、そんなゆらを羨ましく思ったことが何回もあります。
チームの変動など、私には考えられないような逆境を乗り越えて、数々のリーグに出場し活躍したこと尊敬してます。圧倒的なパスキャスキルで自分の役割を確立して、クリアでミスなく運んでくれる姿は安心感しかないし、勝手に見ていて誇らしくなってしまいます。
1年生の頃、ブルドーザーATをした以来、また一緒に公式戦に出れるのが嬉しいです!
最近は古いコートネームでいじってくるのですが、ゆらにいいあだ名をつけられなくて悔しいです。ですが今後何年も一緒にいることになると思うので、ゆっくり考えていこうと思います。
これからもご近所さんとして沢山会おうね☺︎
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遂に引退ブログを書く番が回ってきました。
怪我をした時、慶應だけでなく他校の選手のブログにも力をもらっていました。
苦労語りみたいになってしまいそうだけど、少しでも同じように苦しんでいる誰かの支えになれば良いなと思い、当時考えたことや私なりの乗り越え方を綴ってみます。

1年生
経験者として入部した自分は、アドバンテージがあったためもちろん同期試合では活躍できました。
ただゴールに向かう強気な姿勢とポテンシャル枠だけで多少評価してもらいRにも上げてもらえて、純粋にラクロスが楽しかった、辛い記憶が一切ない1年でした。

2年生
ポテンシャル枠で見てもらえるのは2年生までなので、今年が一番大事だという自覚がありました。
早慶戦後になぜかVtmに上げてもらえたけれど、実力が足りていないのは自分が1番わかっていたので、少しでも爪痕を残そうと意気込んでいました。

初めての練試の日、スクリメのラスト10秒。膝に一瞬、激痛が走りました。
後日病院で診断された結果は、右膝の前十字靭帯断裂。ラクロスをしているなら誰もが避けたい、全治8ヶ月の怪我でした。

死ぬほど泣きました。なんで自分なんだろう。一番大事な2年生という時間を棒に振ってしまうという絶望、復帰する時には3年生になっているという事実。受け入れられませんでした。

それでも、当時自分はフィジカルや体力面に課題があることを自覚していたため、1ヶ月ほど経つと、今の自分を見直す良い機会だと割り切れるようになっていました。
前十字を切ってもその逆境をバネに更に強くなってVで活躍している先輩は沢山いる。そう考えたら今の自分にとっては寧ろ良い機会かもしれない、そう捉えた。捉えようとしました。

そこからの8ヶ月は、あまり記憶に残していないほど、地道で辛い毎日でした。
練習にいっても自重、チューブトレ、アジリティをする日々。そもそもトレが大嫌いな自分にとっては最悪でした。
丸子で皆が走り回り、日々成長している姿を横目に、力になっているのかも分からないトレをひたすら繰り返す。
練試に行ってもただデータを取って、自分は使いもしないゴールを運搬するだけ。
8ヶ月間その繰り返しでした。早く復帰したいから時間は過ぎて欲しいけれど、その間に周りが成長してしまうのは嫌で。早く時間が過ぎて欲しいのに過ぎていくのは怖い、そんなもどかしい気持ちでいました。

復帰まで残り1ヶ月、基礎メニューから段階的に復帰し始めていた時、R春幹になりました。
プレーで貢献できずチームに「いる」だけで、試合も参戦していないからチームの勝ち負けにも思い入れできない、そんな疎外感を感じていた自分にとって、春幹という立場にならせてもらえたことはかなり大きかったです。
自分の居場所がある感じがして、アウトしていても皆に頼ってもらえることが嬉しかった。怪我をしてから初めて生き生きとできました。

そして、それから1ヶ月。2年の3月、全復帰の許可が出る診察まであと2日という日まで来ました。
今日はこのダッチを試してみようとやる気満々でいたその時でした。

1on1の最中、左膝が捻れて、1回目の時とは比にならないような激痛が走りました。
これはやった、と直感しました。結果、左膝前十字靭帯断裂。2度目の前十字断裂でした。
現状を理解できず、頭が真っ白になりました。復帰直前に再断裂するなんてそんな馬鹿なことがあるのかと、半分疑ってすらいました。でも、立ちあがろうとして激痛が走り、やってしまったようだと悟りました。
色んな感情が浮かびました、そんな中何より先に浮かんだのは、今まで支えてくれた人たちの顔でした。

絶対強くなれるからと鼓舞してご飯に連れて行ってくれた先輩。
怪我をしてからわざわざdmをくれた、背番号をつけた理由でもある憧れの先輩。
リハビリに付き合ってくれた先輩や同期。
あらゆる面から支えてくれた両親。

色んな人たちの顔が走馬灯のように浮かびました。
応援してくれていた人たちになんて言おう。
その感情が何より先に浮かびました。
絶対強くなって帰ってきます、なんて豪語して、結果で恩返ししようと思っていたのに、その答えが再断裂なんて、情けなくてしょうがなかった。恥ずかしかった。合わせる顔がありませんでした。

よく同期や後輩に、とんでもなくポジティブだと言われる私ですら、今回の怪我はかなりのダメージでした。
怪我してからの4ヶ月は、柄にもなく文字通り毎日泣いていました。
りほとも話したことがあるけれど、怪我をしてから怪我のことを考えない瞬間がなくて、考えたくないのに、私生活でも考えずにはいられなかった。毎日生きるのが辛かった。神様はなんで自分にばかり試練を与えるんだろうって、毎日考えた。
真摯にラクロスやリハビリと向き合った結果が2度目の怪我だなんて、努力するのが馬鹿馬鹿しくなって、頑張る理由がわからなくなりました。

でも皮肉なことにスタッフ転向だとか、部活を辞めるなんていう選択肢は自分の中で一回も沸きませんでした。いっそ沸いてくれたらやめれたのに、辛い思いしなくて済んだのに。
辞めるにはあまりに時間が残されすぎていて、何より、悔しいけれど自分はやっぱり皆とやるラクロスが大好きで、リーグ戦に出て活躍するという夢を諦められませんでした。

同時に、8ヶ月という時間の長さは1度乗り越えかけた自分が1番よくわかっていました。
本当に本当に長い時間でした。
これをもう一回やる気力が自分に残っているか分からなかった。
今までの8ヶ月の積み重ねが、一瞬で白紙に戻ったという事実があまりに受け入れ難かった。

一緒に同期試合に出ていた人たちは早慶戦デビューをして華々しくプレイしていて、自分はといえば術後、一般人に戻るため歩行をするためのリハビリからのスタートでした。0どころかマイナスからのスタート。
早慶戦なんて死んでも見に行けませんでした。

そんな時、1回目の怪我をした時、貴一さんにかけてもらった言葉を思い出しました。
『リチャは「私も怪我をしたい」と思わせてくれる人だと思っている』
自分にとってその考え方がすごくしっくりきました。
2回も前十字切った人がリーグ戦にでたら、色んな人に勇気を与えられるなと。
怪我しなくても辿り着けるかわからないような場所に、2度も大怪我をした自分がいける自信は正直なかったけれど、
2回前十字を切ってもリーグ出れるんだと証明したかった。自分の身に起こったことをただの悲劇で終わらせたくなかった。
この悔しい気持ちは1年後自分が早慶戦に出ることでしか晴らせない、ただその一心で、もう一度8ヶ月乗り越えるしかないと決意しました。

そこからは、ただただ毎日復帰までの日数だけ数えて過ごしました。
あと何ヶ月でランできる、あと何ヶ月で切り返しができる、何ヶ月後には1on1ができる…
復帰後の姿だけを想像して、1年生練に参加させてもらって基礎、シュート強化に特化したり、さえが紹介してくれたジムに通ったり、自分で決めたラントレやアジリティを文字通り毎日継続しました。

ただモチベーションを保ち続けるのは本当に難しかったです。
2年生まで一緒にプレイしていた同期たちがリーグに出始めてからは精神的にかなりやられました。正直素直に応援できなかったし、試合は直視できなかった。自分だけ立ち止まって何をやっているんだろうと考え、素直に皆を応援できない自分や、努力の成果を早く証明したいのに、その土俵にすら立てないことが悔しいし情けなくて、嫌気が刺しました。この時期は周りと話すのを避けてしまってもいました。
早く復帰したいけど、復帰する頃の自分には2年間ものブランクがあり、かつ残された時間は1年もない。そんな現実から目を背けたくなりました。でも今までの積み重ねを無駄にするわけにはいかないし、何より応援してくれていた人たちや、自分に申し訳ない、合わせる顔がない。だから無心でトレをしていました。
それでも、夜に1人でラントレやジムをしてると、この努力って本当に報われるのかな、とどうしても考えてしまう瞬間があって、涙が止まらなくなることもあり、自分と戦った期間でした。

本当に辛かったのは、初めてダッシュや切り返しをできるようになってからでした
両膝の靱帯を切ってから、心理的な怖さをどうしても拭えなくて、踏み込むことすら怖かった。
1on1どころか切り返し動作すら怖々している自分がラクロスをできるようになるのか?ましてやVになんて行けるのか?途方に暮れてしまいました。
切り返す時にどうしても2回目の膝が捻れたシーンが蘇ってきて、一歩を踏み出すのが怖くて、走れるようになるとは到底思えなくて。
誰かに言いたいけど同じ状況の人もいなくて、トレ付き合って欲しいけど暇そうなスタッフさんもいなくて。
1人でコーン並べてアジリティやって、これ走れるようになるのかなと絶望して、孤独で。
練習行きたくなくて泣いたことなんて一度もないけど、この時ばかりは初めて丸子で1人で泣きました。

そんな絶望的な状況でも、継続していたら徐々に切り返し動作ができるようになりました。
ひたすらアジリティやって、家の前や練習場所で動画を撮って走り方直して、ダッチ練色んな人に付き合ってもらって。そんな事を繰り返していたらやっとやっと、待望の1on1復帰の許可が降りました。

心理的な怖さは残っていたし、その怖さは正直今も拭えていないけれど、やっとラクロスができた。
みんなとラクロスできるのが本当に楽しかった。悔しいけど自分はラクロスが好きなんだ、皆とやるラクロスが好きなんだと再確認させられました。

復帰練試では、みんなが復帰嬉しいと声かけてくれて本当に嬉しかったです。

やっとスタート地点に立てた、その頃にはラストイヤーになっていました。

4年生

4年生は復帰できた嬉しさがある一方で、今までRにいたほぼ全員がVに上がっていて、焦りと不安を抱えたスタートでした。それでもまだ自分にもチャンスがあるかもしれない、そんなわずかな希望を抱いて始まったシーズンでした。
当時、ほぼ話したことがなかった現Rの同期たち。初めはちょっと気まずかったけれど、思いやりと優しさに満ち溢れた子たちばかりで、それぞれが悔しさを抱えているはずなのに、絶対に弱音を吐かず、どのチームの誰よりも直向きに練習をする、人として尊敬できる人ばかりでした。
みんなと頑張りたい、そう思ったし、他にもRに所属する個性豊かで愛おしくて大好きな後輩のためにリザ幹として、挑戦できる環境を作ると決めました。

待望の復帰を果たしてからは怪我をした時と別の意味で辛い1年でした。
復帰するまでは、自分の努力が直接的に評価されないため、いつか実ると自分を信じることができていました。
けれど、復帰してから思うように結果が出ず、序列も上がらない。
ATは自分より上手い後輩が沢山いて、4年生で、かつ膝に大問題を抱えている自分がVに上がるなんて無理だと勝手に決めつけ、心のどこかでリーグ戦出場を諦めてしまっていました。

どんなに努力しても報われないこともあるし、努力量や不注意の少なさ、日々のラクロスへの向き合い方で評価されるような世界ではありません。怪我を理由にアウトしたり、自主練しなくても上にいれることもあれば、逆に人より努力していても上がれないことだってある。一方で、既にチームの中でトップにいながらも、凄まじい努力をしている人もいる。そんなラクロス部の世界で、結果がなかなかついてこない中、上だけを見て努力し続けることは本当に難しいです。

自分は、たとえ結果が出なくて気持ちが切れたとしても、練習だけは全力でやると決めていました。毎日100%、120%で練習していればそれが結果に出るはずだと考えたからです。
リザ幹として、練習を仕切り、背中で見せる、言動と行動を伴わせることで、それがいつか実力に結びつくはず、そうして頑張る方が自分に合っていたので、Vに行くことを目標にするのではなく、毎日全力で練習する、アフターで1on1、シュー練をすることを決めました。

ラストイヤーで感じたこと、
それは、いつか回ってくるかもしれない一瞬のチャンスを掴むために、日々準備しておくことが本当に大切だということです

いつ誰が怪我をして、ベンチの枠が空くかなんてわかりません。
そのチャンスはもしかしたら回ってこないかもしれない、確証がないから努力を続けるのは難しいです。
ただ、そのチャンスが回ってきた時、いざという時に安定した結果を出せるように、常日頃から努力する必要があるのだと思います。

正直、優勝や日本一に懸ける思いなんて、1ミリも考える余裕がない4年間でした。日本一を目指す土俵にも立てなかったし、誰かのために頑張るといった、他人軸も持てず、ただ自分の為にもがき続けた4年間だったなあと思います。
結果、目標としていた舞台には立てませんでした。応援してくださった方々に結果で返せず本当に悔しいです。
ですが、どんな逆境でも日々自分のメンタルをコントロールして、もがいて模索して、自分と戦って、自分なりに努力し続けた時間は、自分を人間として成長させてくれました。今後の人生、この4年間より辛いことがあるなんて今は思えないしこれを乗り越えたなら怖いものない、そんなメンタルでいます!

想像していたのと全く違うラクロス生活になって、辛い記憶も沢山あるけど、皆とラクロスできた時間は本当にかけがいのない思い出だし、悔いはないです。ラクロス部に入ってよかったです。
今までお世話になった先輩方、コーチ、後輩、そして支えてくれた両親、本当にありがとうございました。

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同期へ
なんでラクロス部に入っちゃったんだろう、そう思った時期もありました。でも今は言えます、皆に出会えただけでも、この部活に入った価値がありました。
いつも笑わせてくれてありがとう、弾丸トークに付き合ってくれてありがとう。
みんなのこと本当に大好きだし尊敬してます。
おばあちゃんになってもずっと辛いトレーニングや練習場所itoで盛り上がりたいし、丸子の奥でゲートボールもしようね、はまもいこうね。
出会ってくれてありがとう。

R幹のみんな
頭の良さと冷静さで率いてくれるあみ、昨日もDFの回しを4c2で計算し始めて笑ってしまいました。マウピ×滑舌の悪さで何言ってんのかわかんないといじられながらも必死に声出して引っ張ってくれるこっちゃん、お仕事系全部やってくれて何より背中で頑張る理由を示し続けてくれたまー、りほ。りざかんグルでありがとうと検索したらメッセージが500+となっていました。思いやりと優しさに満ち溢れたこの5人でリザ幹できて本当幸せです、ありがとう。あと数週間走り切って皆と優勝したいです!

両親
もっと試合に出て活躍している姿を見せたかったのに、怪我ばかりして、リハビリする姿しか見せられなくて、何度も心配をかけてごめん。
ママ、病院や倉庫、リハビリや丸子、色んなところまで送ってくれてありがとう。(倉庫ではゴールや石灰運ばせてごめん)
1人でリハビリしたくない時、ラントレ中は隣で自転車走らせてくれて、プールまでも着いてきてくれてありがとう。怪我はママなしでは乗り越えられなかったです。今後は絶対に恩返しするのと、これ以上心配かけることないので!たっくさん頼ってください!
パパ、車使わせてくれて、試合も見にきてくれてありがとう!今まで見せられなかった分、あと少したくさん得点シーン見せられるように頑張ります。

貴一さん
貴一さんに出会えて本当に良かったです。
1年生の時からずっと応援してくれてありがとうございました。
また怪我をしたという報告をする時はすごく辛かったです。
貴一さんだけは最後まで私のことを信じてくれて、リハビリ中もずっとずっと期待してくれました。こんなに最後まで期待し続けてくれたのは貴一さんくらいです。
貴一さんが思ってる以上に救われてたし、結果で返すことができず悔しいです。
お父さんというより友達?みたいな存在です、私の最寄りの二郎くる時は呼んでくださいね?

りこ
頼まれなくても書こうとしてたからもちろん書くよ?
りこには伝えたいことも感謝したいこともたくさんあるけど、りこの振り返りくらい長くなりそうだから詳しくは手紙で書くね
ノート片手に振り返りや回しを考えてくれたのも、私が大好きなイェイイェイやアイドルパワーでたくさん笑わせてくれたのも最高の思い出です。いつでも全力で、りこがいるだけでチームが明るくなって、絶対に必要な存在でした、ありがとう。
りこ構文もう聞けなくなるの悲しいなあ
mbtiも同じで、考えも一緒で、りこといると自然と笑えるし、大好きな後輩だよ
りこはもっと上にいけるし、りこが活躍する姿を見たい。ずっとずっと応援してるよ

かりな
高校の時から一緒のセットでMDしてきて、気づいたら2人ともATになってたね笑 
控えめな性格だけど誰からも愛されているかりな、愛おしくてしょうがないです。最近はお互いいじり合える仲になれて嬉しいよ♡
高校の時エースだったかりなは、シュートはもちろんフィードも上手くて、お互いのアシストでシュートまで繋がった時は、毎回めっちゃ嬉しいよ
ラストイヤーかりなが輝けますように!応援してるよ、ずっとかりなの味方だからね。
6年目の息ぴったりなプレイで、準でも沢山得点しようね!

はるちゃんへ
どんなに折れそうな時でも、トレ行って自主練して、試合では誰よりも全力で走ってGB寄ってる姿にいつも感化されてたし、いつでも私のpupでした。
はるちゃんは絶対リーグで輝けると私は信じてるから、まじで頑張れ。
心の底から応援してるよ。

るったん、しの
嫌という程シュー練誘ってくれて、心からありがとう
わんぱく坊や達だけど、2人がいたからラクロス上達したと思います
今日はもういいかなーって日も、2人が自主練誘ってくれたから行けました
努力家の2人なら、絶対もっと上に行ける。
一緒にリーグ出るようになったら、なんだかずっと小競り合っていそうな予感はするけど、これからも2人で上を目指して、私が見れなかった景色を見せて欲しいです

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次はJapanりほです🇯🇵
りっほは、本当に素晴らしい人間で、正直りほの紹介だけで1ブログ書けてしまいそうです。
医学部、ラクロスでも他競技でも日本代表、筋肉量もフィジカルも、全部トップレベル。
共通点が一つもないようだけど、唯一同じなのが、怪我でした
時期は被らなかったけれど、同じ怪我に2人とも苦しめられてきました。
まさか2人して2回も前十字切るとはね、笑
どんなに忙しくても1人でジムで追い込んで、勉強も怠らず、隙間時間でドローやアジリティ、ランまでこなすりほ。尊敬という言葉だけでは表せられません。
トレしたくないな、走りたくないな、そう思う時も、りほにできて自分が出来ないはずがない、と何度も思わされ、それが原動力になっていました。
そして何よりりほは本当に友達思いです。私が怪我した時は遠いのに家まで来てくれたり、授業前に病院までお見舞いに来てくれたり、何度もメッセージをくれました。私だけでなく、りほに助けられた同期や後輩は数えきれないほどいることでしょう。りほの視野の広さや人間性には頭が上がらないし、ラクロス部生活でこんなにも素敵な人間に出会えて本当に良かった!ありがとう☺︎
また定期的にじみんぐしようね(ふみこもね)

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