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【優勝に懸ける想い2026Vol.1】〜杉山恵理(4年/経済学部/#72/MF)〜

【優勝に懸ける想い2026Vol.1】〜杉山恵理(4年/経済学部/#72/MF)〜

4年#72MDの杉山恵理(えり)です。

何となく予想していたトップバッターということで、同期から「オンニのブログ楽しみだなあ〜」とプレッシャーをかけられ、期待に応えられるか不安ですが、これまでの思いの丈と感謝を書き留められたらと思います。
長く拙い文章ですが、最後まで読んでくださると幸いです。

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私がラクロス部に前例の無い1年生終盤に途中入部した理由——

新歓ブログにも少し書きましたが、改めて。

大学1年の最初は、ラクロス部に入るか迷っていました。日焼けしたくない、早起きもできない、他にもやりたいことが沢山ある。何より、苦しい浪人生活を経て、頑張ることに疲れてしまった。そこで、ラクロス部には入らず、”THE大学生”な生活を1年の夏過ぎまで送っていました。

ただ、そんな私を襲ったのは、「何のために生きているのか」という感情でした。
高校生までは部活や受験という目標に向かって生きてきた自分にとって、目標もなく、見える世界が平面にしか広がっていかないことが苦しく、人生の中で迷子になっていました。
そこで、自分が本当に求めているものは、「本気になれる仲間と高い目標に向けて打ち込み、自分だけでは到達できない喜びや景色を味わうこと。そして、高い視座を得て、次の目標を見据えたり自身の経験を俯瞰して糧にすること」ではないか、と思いました。登山に少し似たような感覚でしょうか。笑

そこで、当時所属していたテニスサークルの試合が一区切りついた1年の秋頃から、色々な部活を見て回りました。
ある部活では、「うちは毎年リーグ戦4位くらい。ラクロス部では無理でも、うちなら今からでもプレーヤーとして日の目を見ることはできるよ」と言われました。

確かに、練習環境も申し分なく、試合で活躍することはできそうだとは思いましたが、高い目標とそれに向けて頑張る仲間が必要不可欠だと考えていた自分には、しっくり来ませんでした。

そして、気付いたらラクロス部のインスタのDMに、途中入部を申し込んでいました。

同期から、「よく1年近く遅れて入部しようと思ったよね、私ならできない」とよく言われます。
もちろん、入部当初はとてつもなく怖かったし、不安で泣きそうでした。
誰1人友達のいない150人の体力モンスター集団に1人で突っ込むなんて、今思えばなかなかの決断だったと思います。皆に受け入れてもらえるのか、練習についていけるのか、朝早く起きれるのか等々、不安要素を書き出したらキリがなかったですが、ラクロス部には自分の求めるものがあると感じ、思い切って入部を決めました。

幸い、前例のない1年近く遅れた途中入部を認めていただき、1年生の2月頃に入部しました。

入部当初、大久保さんからは、「焦ってやらなくて良い、自分のペースで」と仰っていただきました。前例がなく、何が正解か分からなかった私にとって、救われた言葉でした。ありがとうございます。

ただ、普通なら4年間ある選手生活が、私には3年間しかない。つまり、4年間で求められる結果を3年間で出さなければならない。大久保さんの言葉を受け入れつつも、内心では少し焦っていました。

そんな私の3年間の大きな目標は、
「自分だからこそできるチームへの貢献をして、新たな景色を見に行くこと」
技術を極め活躍すること、同期より1つ上の学年としてチームに好影響を与えること、幹部代を経験しない中で自分なりのチームへの貢献をすること。
途中入部という前例のない選択を認めてもらえた背景には何かしらの「途中入部」という多様性が加わることによる期待があるからだろうと思っていました。日本一を目指すラクロス部という環境に身を置かせてもらうからには、自分なりのチームへの貢献は使命だと考えていました。

みんながメニューをやっている間、私はコート外でクレードルやパスキャなどの基礎練をしていました。入部前から順調に全てが上手くいくとは思っていなかったけど、同じ境遇の仲間がいない中、自分と向き合い続けるのはなかなか辛かったです。
そこで実感したのは、一緒に成長できる「仲間」こそが、上達スピードやモチベーションを高めてくれるということ。

そこで、ある大きな決断をしました。

それは、ラクロス部内での学年を1つ下げること。

自分のプライドを捨てることでもあり、現4年生との関わりが減ってしまうことでもあり、現3年生にもやりづらさを感じさせてしまうのではないか、と当初非常に悩みました。ただ、長期的な自身のラクロスの成長を考え、思い切って学年を下げました。

今の同期が入部してきたとき、本当に仲良くやっていけるかという不安以上に、これから一緒に頑張っていく仲間ができたという喜びの方が遥かに大きく、とても嬉しかったのを覚えています。

最初は、学年と年齢(浪人していたので同期とは2歳差)を言った瞬間、さっきまでタメ口だったのに急に敬語になったり、気まずい雰囲気になったり、となかなか学年の壁を取り払うことが難しかったです。でも次第にみんなも同じ同期として見てくれるようになり、沢山いじってくれて、大感謝です。
確か、しおり(りり)が、「えりオンニ」って最初言ってくれて、みんなに広まって、気付いたら肝心の「えり」が消えて「オンニ」になってました。笑 
今では、同輩、先輩、後輩に限らず、貴一さんまで「オンニ」と、親しみ込めて呼んでくれて嬉しい限りです。しおり、ありがとう!笑

ただ、そんな未来に希望を持っていた期間はごく僅か。疲労骨折でウィンターに出れず、あすなろに肉離れで出られず。
「他の人より1年間選手生活が短いのに、何故私ばかり怪我をするんだろう」
そう思って、泣いてばかりいました。もちろん、ただフィジカルが弱すぎただけなので、努力不足です。
その後、3年前半でも何度か怪我をし、リハビリを頑張って復帰して、練習して、少しずつ成長を実感し始めた矢先にまた怪我をする。モグラ叩きの様に、身体の至るところが怪我になっては1から積み上げ直すことの繰り返しでした。

怪我の原因が1on1が多かったこともあり、気付けば1on1への恐怖心が生まれていました。克服しようと、先輩や同期から教わったアドバイスをもとにトライアンドエラーの毎日。でも、怖さも相まって一向に鉄壁を抜けられない。ある日のDの等々力練習で、自分の中でできるすべてのトライをしたものの、何もかも上手くいかず、全てを諦めた気持ちになって大号泣しました。誰かさん(R)みたいに号泣キャラではないので、みんなにもびっくりされたのを覚えています。笑

そんなことを繰り返すうちに、”3年間しかない選手生命”という少しの焦りのつもりが、気付いたら大きな焦りになり、そしていつの間にか目標への「諦め」に変わりつつありました。

ちょうどその頃、私には大学生で成し遂げたい活動が別にありました。(それが実はラクロス部に最初に入部するかどうか躊躇った一因でもあるのですが)最初はラクロスとのバランスを取れているつもりが、怪我のタイミングとも重なり、徐々に熱量が課外活動に注ぎ込まれていきました。ラクロスのように突発的な怪我で中断されることも無く、やった分だけ結果として跳ね返ってくる。当時、心の余裕がなかった自分にとって、それが自尊心を辛うじて保つものでもあったように思います。そして、一度目を背けようとしたラクロスに対しては、「苦手意識」が生まれてくる。3年の初めまではよく行っていた壁当ては気付いたらあまり行かなくなり、怪我でアウト中の自分の横で日々上手くなっていく同期から目を背けたくて、ビデオ見も気付いたらやめていました。

「いつか大きな試合で活躍したい。」
この目標と言うのも恥ずかしいくらいの淡い想いを押し殺そうとしていました。
そして、ぬるっと’26チームが本格的に始まり、技術も心持ちもRではないのに、自動的にRになって少し安心した自分がいました。
この時期の大久保さん面談で、「目標は何か」と聞かれても、自分の目標を言えなかったのを覚えています。就活の面接でも、「ラクロス部での次の目標は?」と聞かれた時も、答えられなかった。惨めだった。

高い目標に向かって仲間と頑張りたいからこの部活に入ったはずなのに、目標を達成できない自分が嫌で目標そのものを忘れ去ろうとしていた。
目標がないと、その過程の小さな目標も描けない。執着心も消える。
気付けば、自分で「なんとなく」ラクロスをしているだけだった。

技術でも貢献できず、部内では3年生で引退なのでスポンサーの仕事も中途半端。何の使命も果たせていない自分の存在価値を感じられなくなり、誰からも何も期待されていないのだろう、とどんどんマイナスな方向に考えていました。

ちょうどこの時期に、まゆこさんに「二兎を追うものは一兎を得ずだよ」という言葉をもらいました。全てに足を突っ込んで大切な軸を失っている私に掛けてくださったのだと思います。ただ、当時の私は先の通り、ラクロス以外で自分のメンタルを保ち、課外活動も就活も手放せず、結果的にラクロスの優先順位を下げました。

そして、当然のように結果が返って来ました。
4年生の5月。課外活動も就活も落ち着いてきて、やっとラクロス漬けの生活ができると思った矢先、D制度変更に伴うD降格のband通知が来ました。
ほとんどの元lv.2層と元D層が入れ替わっていて、「自分はD、lv.2の1年強、何をして来たのだろう」とただただ情けなかったです。自分がラクロスから目を背けた当然の報いなのに、勝手にラクロスを本気で嫌いになりました。

ただ、ここで諦めなかったのは、あいだみつをさんの「本気」という詩のおかげです。私がいつも大切にしている考え方で、辛いときにいつも思い出しています。

「なんでもいいから
本気でやってごらん
本気でやれば
たのしいから
本気でやれば
つかれないから
つかれても
つかれが
さわやかだから」

大変なことは沢山あるけど、まずは本気でやってみる。そうすれば気付いたら楽しくなる。
これが私の人生におけるお決まりパターンです。

Dになったばかりの5、6月は毎日部活に行きたくなさすぎて、移動中もSpotifyの「部活が辛いとき」というプレイリストを聞いて泣きながら練習に行ってました。笑
そして、部活に行けたら、部屋にかけてあるカレンダーに赤丸をつける。この毎日の繰り返し。

苦しかったけど、壁当ても、筋トレも、ラントレも、ビデオ見もちゃんとやり出してしばらく経つと、歯車がちょっとずつ上手く噛み合い始めた気がしました。
筋トレをしてるから怪我をしない。壁当てに行ってるから、練習中自信を持って投げられる。ラントレをしてるから試合の時に前よりも走れている気がする。ビデオ見をしているから毎練習目的意識を持って練習が出来る。全てをきちんとやることで少しずつ噛み合ってくる。

上手い人が過去に通ったであろう第一段階の視点を、やっと今年の夏くらいから体得できた気がしました。

さらに、MDに転向し、チームに貢献するために、自分に求められる役割は何なのかを改めて考えてみました。
強いて言うなら自分の強みは洞察力。それを活かせるプレーが、ドローでした。相手の出方を予想し、サーピーと連携を取りながら、クロスの角度やボールの回転など、多角的に考えていく。テニスラケットの使い方にも少し似ていたこともあり、考えやすかったのだと思います。

次第に試合では以前よりもドローが上手くいくことが増え、VPにも選んでもらえるようになりました。
やっとラクロスにおける努力の仕方を理解できた気がして、ラクロスを楽しいと思い始めた瞬間でした。

それまでの自分は周りと比べることばかりで、みんなが出来ることを自分もできるようにしようとしていました。そして、分かりやすい結果が欲しくて、点数を決められるATをやりたがっていました。
でも、ラクロスはチームスポーツ。基礎技術は前提として、個人の長所を組み合わせた方がもっと良いチームになる。チームで結果を出す上で、重要なことに気付かされた気がします。

こうして最近、やっと「ラクロス」を少しずつ分かってきたように思います。本当は4年生としての視座を得ていなければいけないところ、まだ3年生、いや2年生くらいの視座しか得られていない気がします。やっとラクロスを面白いと思い始めた、やっと”ラクロス”を知り始めた時期なのに、この先どんな景色が見えるかを知らずに引退するのは悔しいです。もっと先を見たかった。
 
だからこそ、その分、今のDで行けるところまで行きたい。最初は気まずかったけど、今は大大大好きなDのみんなと一緒に新たな景色を見たい。
いつも「眠い」とか「疲れた」とか思ったことをすぐに言ってしまう性格の私に、鼓舞してくれたり面白い話をしてくれたり、本当にありがとう。みんなでラストまで走り抜けて最高の喜びを得たいです。

短かったけど本当に本当に濃かった3年弱。これまで得てきた経験や言葉がラクロスでも通用することを知った一方で、新たにラクロスから学んだことも多かったです。思うように行かないことの方が多かったけど、その分学びを多く得たと思います。

ラクロス部に入って、心の底から本当に良かったです。あのとき、自分が下したラクロス部への途中入部という決断に拍手を送りたいです。

長くなってしまいましたが、私の好きな座右の銘で締めたいと思います。

「人間万事塞翁が馬」

ラクロス部での私の選手生活は、決して完璧なものではなく、志半ばで終わってしまうことが多かったです。怪我や他との両立など、苦しいことの方が多かったけど、そこで足を止めるのではなく、「この経験もいつか自分の糧になるかもしれない」と思い、「ピンチはチャンス」の精神で根気強く続けてきました。もちろん、足並みがゆっくりになってしまった時期はあったけど、完全に立ち止まることだけはしなかった。だからこそ、今少しずつ”ラクロス”が見えている。
ラクロス部で志半ばとなってしまった悔しさも、これまでの苦しかった経験も、全て今に繋がっています。この経験を、今後の社会人生活に活かしていきたいと思います。

これまでラクロス部において私に影響を与えてくださった先輩、同輩、後輩、コーチ陣、監督陣の皆様に、心より感謝申し上げます。

最後に、引退ブログ恒例のお世話になった方々へのメッセージです。

先輩方へ
今まで、オンニ〜って言ってフレンドリーに構ってださったり、アドバイス沢山してくださったり、試合に応援に来てくださったり、本当にありがとうございました。特に、育成、デベ幹、コーチの先輩方には本当にお世話になりました。大切に育ててくださってありがとうございます。プレーで恩返しができず、申し訳ないです。

4年生へ
右も左も分からない私に色々優しく教えてくれて、たくさん話しかけくれて、途中まで同期として居てくれて本当に本当にありがとう!感謝でいっぱいです。みんなともっと関わりたかったのに、あまり関われなかったのが最大の後悔です。学年を落としても変わらずオンニ〜って話しかけてくれて内心めちゃくちゃ嬉しかったです。これから社会人になっても仲良くしてね!みんなと飲みに行けてないので飲みいきましょう^^

3年生へ
手紙に沢山書くから短めに書きます。みんなに出会えて本当に良かった。2歳下とは思えないくらい1人1人みんな尊敬できる人ばかりで、いつも刺激をもらっていたし、何なら私が妹キャラだった気がします笑 話す度に新たな一面が出てきて本当に一緒にいて飽きないです。こんな意味が分からない経歴の私に、学年の垣根なんて全く関係なく一緒にバカ騒ぎできて本当に楽しかったです。かけがえのない宝物です。いつまでもみんなの1番の応援隊長として応援に駆けつけます。みんなとの卒業旅行は有給取るので事前にちゃんと日程教えてください。

デベ2年ず
最初のDのときの雰囲気が今では信じられないくらいに仲良くなれて本当に嬉しいです!03と06の歳の差は異次元だけど、そんなことお構いなく仲良くしてくれてありがとう!可愛くて仕方ないです。みんな純粋にラクロスが好きなのが伝わってきて、毎練習私のモチベの源泉です。来年みんなが活躍した姿を観れるのを楽しみにしてます!

スタッフず
いつも怪我や体調を気遣ってくれたり、グラウンド予約、ビデオ、データとか、普段当たり前と思っている全てのことを見えないところで支えてくれて本当にありがとう!スタッフずのプロ意識には毎度脱帽です。これからもチームの縁の下の力持ちとして慶應ラクロスを支えてください。

コーチ陣
異色の途中入部を認めてくださり、かつ今まで沢山ご指導していただき、ありがとうございました。きっと期待されていたような役割を全うしきれていなかったと思うので、そこが1番の反省です。残りの期間で少しでも結果で貢献できる様、努力します。

両親へ
このブログの存在を伝えていないので見てないかもしれませんが一応。いつも私の挑戦を認めてくれて、信じてくれて、途中入部を認めてくれてありがとう。送り迎えや洗濯、水筒、おにぎりなど諸々感謝しています。沢山迷惑もかけてすみません。今後は私が恩返しさせてください。

次は、#45 MDのにこです。
にこは天然かと思いきや、周囲のことを常に考えています。自由奔放な人が多いラクロス部の中でみんなの意見を受け止め、学年の垣根なく皆んなに平等に接する優しい心の持ち主です。
いつも私の真面目な話からふざけた話まで落ち着いたテンションで聞いて受け止めてくれていつもありがとう!笑
いつも聞き手に回ってくれることが多いからこそ、内に秘めてるにこの想いが綴られたブログを楽しみにしてます。
それでは、にこよろしく!

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